スポーツ女子からお母さんに!産後のつらい坂道をのぼったLさんの出産体験

こんにちは!産前・産後・子育中の女性専門の心理カウンセラー、臨床心理士、公認心理師の藤澤真莉です。

『女神たちのタペストリー あなたの出産体験おしえてください』

スポーツ女子からお母さんに!産後のつらい坂道をのぼったLさんの出産体験

お久しぶりのインタビューです!

いろいろな女性に出産体験を語ってもらっている、この企画。

今回の女神Lさん(30代)は、9か月の女の子のお母さんです。

Lさんは、体を動かすのが好きで、とてもアクティブな女性です。

妊娠前は、“出産”や“育児”によいイメージがなく、出産の痛みへの怖さがあり、無痛分娩を選択しました。

産後1か月で、5km走れるパワフルなLさんですが、泣きのつよい娘さんとの生活は、想像して以上にメンタルが大変でした。

精神的につらい時期を超え、今、「産んでよかったな」「娘がかわいい」と思えることが、本当によかったと感じています。

Lさんが紡ぐタペストリー、ぜひご覧ください。

だんだん前向きに!妊娠期間と無痛分娩

結婚した当初、Lさんは妊娠や出産・育児、母親になることに、良いイメージがありませんでした。
夫は、結婚後はすぐにでも子どもを望んでいましたが、Lさんはなかなかその気になれませんでした。

もともと、子どもが好きではなかったこと、
Lさん自身の母親が、フルタイムで仕事をしながら子育てをしている背中を見ており、
「大変そう」「子どもを産んだら自分の時間がなくなる」というイメージが強くありました。

出産に対しても、「鼻からスイカを出すくらい痛いなんて」と、痛みへの恐怖がありました。

また、Lさんの趣味は、フルマラソンに、スキューバダイビング、「毎日狂ったように」ジムに通ってトレーニングをしたり、たくさん旅行に行ったりと、多趣味でアクティブです。
子どもを産むと、これらの好きなことができなくなる、自由がなくなる、と思っていたのも、出産や子育てに前向きになれない理由の一つでした。

35歳まじかになり、妊娠、出産には年齢的な期限があることから、
迷いがありながらも不妊治療をはじめました。タイミング法から試みました。
すると間もなく、クリスマスイブのころに、妊娠していることがわかりました。

Lさんは、最初から無痛分娩を視野に入れていました。
無痛分娩をした人の、体験談のブログを読みあさって、出産のイメージに「自分を慣らしていきました」。

Lさんは、つわりがほとんどなく、妊娠前とあまり変わらない生活を送れました。
お腹が出てくるまで、「こっそりジムに通って、ダンスをしていました。」

また、「今考えたらとんでもないことですけど」妊娠中にランニングも続けていました。

妊娠の経過には何の問題もなく、ほぼ臨月を迎えるまで、お仕事も続けていました。

「働いて、動いてってしている間に、世間の妊婦さんと違って、できないことってそんなにないのかなって思って、そこで前向きになれました。」

お腹の赤ちゃんが大きくなるにつれ、「やったるわ!」と、覚悟が決まってきました。

予定日前日の検診では、まだ子宮口がピタッと閉じていていました。
お医者さんには「出産は来月になるかもね」と、予定日を超過する可能性が高いと言われました。

そして、出産予定日の夜、まだ生まれてこないだろうと思いながら自宅でゆっくり過ごしていると、突然、破水しました。

病院へ向かい、入院となりました。玄関に置いていた入院バックを忘れて、取りに戻るというハプニングもありました。

入院してから、破水が先に起こった場合は、子宮口が3㎝になるまで麻酔は始めないことを知りました。
定期的にやってくる、内臓をぎゅっと握られるような陣痛に耐えながら、
子宮口が開いてきた明け方に、硬膜外麻酔を開始。
痛みにパニックになったりする事も、心配していた嘔吐や頭痛などの副作用もなく、順調に麻酔がきいて、病院に来てくれた夫や実母と、普通に会話ができるほどでした。

途中、陣痛が遠のいて、陣痛促進剤を使いました。
この間、「早く出てきてほしい」と思いながら、その時を待っていました。
NST(お腹の張りを示す分娩監視装置)を見ながら、いきむことを繰り返し、「本当に、つるっと、痛みなく、お産ができました。」

産後メンタルの危機!泣き止まない~!

無痛分娩のおかげで、体の回復は早かったけれど、Lさんは、自宅に戻ってから、産後に涙が止まらない状態になりました。
「何をしていても泣けてきて、ひたすら一人になるのが不安、赤ちゃんと二人きりになるのが不安になってしまいました。どうしたらいいんだろうって。」

夫に頼りたいけど、仕事をしている夫に遠慮する気持ちがありました。
また、Lさん自身が「こんなんでしんどいって言ってどうするんだ。
他の人は、みんな頑張っているのに。みんなが当たり前にできていることが、できないのはあかんやろうって思って」。

そして、退院後の1週間検診の時、病院で「もう無理です」と、大号泣しました。
病院から、市の保健センターに連絡をしてもらい、行政による産後ケアを受けることができました。
そこで、「誰かに頼っていいのかなっていう気持ちが、やっと出てきました。」

産後は、精神的に不安定になりやすいとは聞いていたものの、
「自分の気持ちがあれだけコントロールできないとは、思っていませんでした。どうしたらいいのか、誰に助けてって言ったらいいのかわからないまま、赤ちゃんのお世話をしなくちゃいけない状態でした。」

娘さんは、「結構、泣きが激しいタイプ」の子でした。
「お布団に転がしておけば、勝手に遊んでいるとか、寝てくれるとか、ファンタジーでした。」
おっぱい、ミルク、おむつ、部屋の温度、あやす、あらゆることをやってもダメで、「ずーっと泣いていました。」

育児にすこしずつ慣れてきて、Lさん自身の気持ちの波が落ち着いてきても、
娘さんがとにかく泣くのは変わらず、「メンタルがガリガリに削られていって、自分が自分でなくなるって、こういう感じなんかなって。」

Lさんは、気分転換のためにと、産後1か月からランニングを再開しました。
出産する前は、気持ちを切り替えるのが得意で、走ったらスッキリしていたのに、産後はそうはいかなかった。

「走ったら楽しいんですけど、当然ですけど、産前のように体は戻っていない。5km走るだけでへばってしまって。“あっ、できないんだ”っていうのがショックで、全部無くしてしまったような気持ちになりました。」

夜中の授乳中、暗い部屋の中で、気持ちまで暗くならないようにと、深夜のテレビをつけるのですが、
「気持ちがすんごい落ち込みました。暗い部屋で、テレビだけ煌々とつけて、授乳をするっていう、とてつもない孤独感。今思い出してもトラウマです。」

産後、Lさんが大変な気持ちでいることを、夫や両親に伝えはしましたが、今一つ理解されませんでした。
実母には、「母親なんだからしっかりせんと」と言われて、共感はしてもらえませんでした。

退院後、2週間ほど遠方にいる義母が手伝いに来てくれました。Lさんは、義母に心のつらさを打ち明けました。
すると、「そんなにつらい顔して育児していたらしんどいよ」と返ってきました。
励ますつもりで出た言葉なのはわかるけれど、
当時のLさんには、「えっ?これだけ必死にやっているのに、理解されないんだ」と感じられました。
「ある意味、その言葉をきっかけに、しんどいんだったら、人に頼るしかないやん」と思えて、行政の産後ケアサービスや、助産師さんの産後ケアなど、いろいろな所に、自ら電話し、ケアを受けることにしました。

「一人でやろうって、意地を張っていたというか、躍起になっていた気持ちが、ちょっとそれで落ち着けました。
そこから、多少お金がかかっても、いろんなサポートを駆使しながらやっていこう、それでもいいんだって思えたきっかけになりました。」

このお写真は、イメージです♪

自分の子がかわいい。そう思えることが一番よかった

産後のサポートを、利用していくことにしたLさんですが、「ただ、それを上回る娘の手強さでした。」
3か月を過ぎても、娘さんが泣き止まないことに変わりはありませんでした。

あまりに泣くので、体に何か異常があるのではと、何軒も小児科を回りました。
ベビーカーに乗せて、半日ひたすら歩いたりしました。
また、市内で行ける子育て支援センターにすべて徒歩で回り、相談をしまくりました。「戦っていましたね。」

子育て支援センターに行き、ベビーマッサージのイベントに参加したときのこと。
ベビーマッサージで気持ちよくなってくれるかな、という期待と、他のお母さんたちとしゃべってみたいという気持ちから参加しました。

しかし実際は、娘さんは1時間ほぼ泣きっぱなしで、マッサージどころではありませんでした。
娘さんより月齢の低い子が、コロンと気持ちよさそうにマッサージを受けている中、Lさんは一人立って、ずっと娘さんをあやしていました。
それを見かねた先生たちから、「代わりに娘さんを抱っこするから、お母さんは座っていて」と言われたのですが、
「手持無沙汰にただ正座している私の、いたたまれなさ。すっごいつらくて。」

他のお母さんからも、「あれだけ泣いたら大変でしょ」って同情されました。
そのころのLさんには、「大変ですね」という言葉が、「娘がそれだけ、他の子と違う」という言葉にしか聞こえませんでした。「その時は、私も割り切れなくて、どうしても人と比べていました」。

そのうち、Lさんは娘さんがこんなに泣くのは、自分のせいなのではないかと考え始めました。
「娘が泣き止まないのは、私が産前に、あれだけ走ったり、ダンスしたりしていたからだろうか。産後10日で、乳首が痛くて母乳をやめたからだろうか。」と、ひたすら考えてしまいました。

夫にも、それを伝えるものの、母親特有の気持ちは理解してもらえず、一人で抱え込んでいました。
「よく頑張っているね」と言われても、
「え、私、本当に頑張っているの?頑張っていないから、娘はこれだけ泣くんじゃなのかな」と思い、考えが悪循環に陥っていました。

娘さんが成長し、9か月になった今、「そういう性格なのかな」と、娘さんの気質を理解し、割り切ることができるようになってきました。
「完全には割り切れていないし、離乳食を食べてくれないとか、悩みはつきないんですけど、産んでよかったなって、最終的には思えているんです。」

Lさんにとって、これが、産後に一番良かったと思えること。

「本当に、あれだけ妊娠、出産、育児を嫌だと思っていたのに、
いざ自分が結構しんどい坂を乗り越えて、今の段階になって、そんなに嫌なことばっかりじゃなかったと思えているのが、よかったです。」
実は、Lさんは、自分が虐待をしてしまうんじゃないか、ひどい言葉を浴びせてしまうんじゃないかという不安がありました。

自分の子が、かわいいと思える。「当たり前のことなんですけど、当たり前ができる自分がいて、よかったなって、今すごく思えます。」

Lさんに、産後に言われてうれしかった言葉は何か、尋ねました。
すると、「これが終わったら、スーパー銭湯に行けるでって、夫が言った言葉です。それを言われて、行っていいんだって、思えて。」
Lさんの場合、産褥期のシャワーだけの時期に、先の楽しみを持つことが、心の支えになりました。
そして、実際にスーパー銭湯にいけた時には、「ここに天国があった~って思いましたね。」

今、産前のLさんに言いたいことは、「自由はなくしたわけじゃないよって。
今ないだけであって、絶対に戻ってくるから、そんなに焦らないでって、言ってあげたいです。」
また、同じように苦しい思いをしている人に、何かできないかとも考えています。

「しんどいことがあったら、遠慮なく手を挙げて、頼ってほしいなって思います。それを、口酸っぱく言ってあげたい。」

さわやかなLさんは、初夏の青空に咲くバラのイメージ♡

【編集後記】

Lさんは、まもなくお仕事に復帰します。
職場に復帰するまえに、「ゆっくりお産を振り返ってみたい」と、インタビューに応募してくださいました。

おそらく平素から、前向きで心身ともに芯の強いLさんが、
出産、育児を通して経験したメンタルの危機と変化をお聴きすると、やはり出産や育児が女性の人生に与えるインパクトの大きさを感じます。

アクティブで、仕事も趣味も楽しむ側面が「昼の太陽の道」ならば、
妊娠・出産・育児で自分と赤ちゃんに地道に向き合う側面は、「夜の月の道」と言えるかもしれません。

Lさんが、月夜の坂道を、娘さんとともに歩まれて、夜明けを迎えられているようなイメージが湧いてきます。

新しい自分を発見しながら、ご家族とともに、さらに輝いてご自分の道を進んでいかれることと思います。Lさん、インタビューは私にとっても、素敵な時間になりました。ありがとうございました!

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