”ふつう病”から回復=自分を好きになる⇒いじめの再生産をなくす。

「ふつう病」から回復=自分を好きになる⇒いじめの再生産をなくす。

自分らしさを殺す”ふつう病”

「ふつう病」って、ご存知ですか?

・常に、人からどう思われるか、どう評価されるかが気になる。

・人と自分を比べてしまう。

・「普通」「当たり前」「常識的」であることが一番大事。目立たないように、無難なことしか言わない。

などが、「ふつう病」の症状です。

「ふつう病」という言葉を、私は双極性障害についての専門書の中で発見しました。

双極性障害や、発達障害など、先天的な要因の強い精神障害の人たちの在り方を、ひとつの「文化」として捉えた時、

そっち側の人からみたら、「健常者」と呼ばれる人たちは「ふつう病」だ、と言うのです。

私は、どっぷり「ふつう病」でした。

実は、私が通っていた公立小学校では、5年生くらいから、陰湿ないじめがあり、先生も統率をとれない、いわゆる学級崩壊をしているクラスでした。

中学校に入ってからは、程度はましになったものの、コソコソ陰険ないじめはありました。

学校内のいじめには、加害者、被害者、傍観者の三者の立場が生まれます。

私のいたクラスの子は、この三者の、どの立場からも逃げられませんでした。

いじめの首謀者に、気に入られている時の安心感と、その子に合わせてしまう自分への嫌悪。

いじめのターゲットにされているとわかった時の、心の凍りつく感じ、恐怖感。

傍観者の時は、巻き込まれたくなくて距離をおくものの、加担している罪悪感も感じる。

もう、ほんっとうに、「この環境にいるのが嫌だ、私にはもっとふさわしい、生きる場所があるはずだ」、思っていました。

自分を守るための効果的な方法は、自分を出さずに、「ふつう」でいることでした。

学校が大嫌いだけど、「ふつう」からはみ出る不登校になる勇気もありませんでした。

そして、スクール・カーストから合法的に抜け出すために、

めちゃくちゃ勉強して、同じ中学校からは誰もいけないような、エリート高校に行きました。

中学校では、「自分がどうしたいか」ではなく、「どうしたら、周囲から一目おかれる存在になれるか」を考えました。

周囲に「まりちゃんは、私たちとは住む世界が違う」と思わせて、一線を隔したかったのです。

無事に高校に受かり、私は自分の望んでいた環境(ちゃんと勉強できる、前向きな会話ができる友人がいる、とか)に身を置くことができました。

しかし・・・

そうなってはじめて、私は「”私”というものが、非情に弱い」ことを、じわじわ感じるのでした。

同時に、「育ちの違う、ハイソな同級生」の存在に、カルチャーショックを受けたのでした。

出来事に対する反応が、イチイチ、今まで私の知っている人々と違うんです。

「きれいな水しか飲んでいないと、人間はこうなるのか~。私は、今まで泥水を飲んでいたんだな…」と思ったのを覚えています。

そして、泥水を飲んできた自分に、コンプレックスを感じるのでした。

井の中の蛙でプライドをつくり、その中でほめられることばかり考えていたので、一体、自分は何が好きなのか、嫌いなのか、何をしたいのか、わからないようになっていました。

将来を考えた時、「私は、何にでもなれるけど、結局何にもなれない気がする」、というのが大きな不安でした。

当時は、そこまで意識的に苦しさの原因がわからなくて漠然としていましたが、なぜ自分がこんなに苦しいのかを理解したくて、心理学を学ぶことにしました。

今思えば、ずっと、”ふつう病”を治して、私らしく在るっていうことを、求めていたのだと、わかります。

心理療法やカウンセリングを学び、また自分でも心理療法を受け、長い時間をかけて、ようやく癒えてきました。

「ふつう病」の人は、わが子にも「ふつう」でいてほしい

スクール・カーストと、ママ・カーストは、たぶん連続性のある社会現象です。

学齢期に、スクール・カーストで身の処し方を学び、その空気をたっぷり吸って育ち、同じマインドのままの女性は、

ママ友というコミュニティにおいても、嫌われないように人間関係に細心の注意を払い、自分のポジションを常に気にしています。

「自分らしくあることは、危険だ」と身に染みている女性は、

おそらく自分の子どもが、常識から外れたことや、人様から後ろ指を差されそうなことをしたら、反射的に抑え込もうとするのではないかと思います。

また、意識的にせよ、無意識的にせよ、「自分の子どもがいじめられるのではないか」と、不安に思っています。

常々、「”ふつう”でいなくちゃ、危ないよ」「自分なんて、出しちゃいけないよ」とメッセージを受けた子どもは、自分の気持ちや考えに蓋をし、我慢するようになるでしょう。

そして、のびのび自分らしく振舞う子がいると、

「私、僕は、我慢しているのに、なんであいつだけ、のびのびやってんだよ。ムカつく、調子に乗ってんじゃねーよ。」と、なります。

それが子ども同士の、いじめの芽と発展するんじゃないかと。

とてもおおざっぱな論ですが、「ふつう病」の世代間連鎖で、いじめが再生産されるんじゃないかと、私は思っています。

「自己活性化」が、いじめの再生産をストップする

いじめって、社会の中で起きることなので、学校とか、地域単位で取り組むのが有効なのでしょうが、

個人の心理療法のレベルで、「ふつう病」からの回復に、とっても有効なことがあります。

ジェームス・マスターソンという、アメリカの精神分析家で、境界性パーソナリティー障害という、治療の難しいこころの病気への心理療法(マスターソン・アプローチ)を開発した人がいます。

マスターソン・アプローチの中心的な概念が、「自己活性化」です。

「自己活性化」は、平たく言うなら、「自分らしさを発揮すること」です。

境界性パーソナリティ障害の治療では、「見捨てられ不安」が大事なポイントになります。

そして、「見捨てられ不安」を、クライアント自身が、心の次元で抱えられるようになる自我の力を蓄えることが、治療の軸となります。

心の次元で、「見捨てられ不安」「嫌われる不安」を抱える自我の力を蓄えるには、

・「見捨てられることが怖い」と思っていることを、自覚すること。

・「私は、(人からどう思われようと)こう感じるんだ、こう思うんだ、この私でいいんだ」という自己肯定感を、人との関係の中で、育むこと。応援してもらうこと。

が、必要です。

この2点が進んで、「自己活性化」がはじまると、健康的な自己愛が育ってきます。

そして、今まで「人の顔色をうかがってびくびくしていた」のが、「よい意味で、人と協調できる力」へと変わります。

「ふつう病」から回復すると、安心して自分らしくいる感覚を味わい、心の平安を体験します。

そして、自分らしさを犠牲にしないで、他者も尊重できる、自分と他人が違うことを受け入れる器ができてきます。

私は20代、30代の子育て中の女性が、「ふつう病」や、「自己活性化」の課題に取り組むことは、いじめの再生産をストップすることに、つながるんじゃないか、と考えているのです。

子育てでは、”その子らしさ”をつぶすことが無い。お母さんも、自分らしく輝ける。

ここに、エネルギーと時間を割くのは、とても価値があると、思うのです。

自分を好きな人が増えたら、きっといじめは減らせる!

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